2.6 自然エネルギー熱政策

自然エネルギー熱政策について、欧州および日本国内でのバイオマスエネルギーの熱利用の現状と普及の方策とともに、日本国内で普及が進んでいないバイオマス熱利用の現状と課題を事例と共に紹介し、今後の展望を示す。

2.6.1 欧州でのバイオマスエネルギーの利用

欧州連合(EU)において2001年に定められたEU指令では、各国の電力に占める2010年の自然エネルギーの割合の目標値が21%と定められたが、実績値はわずかに届かず19.8%だった。2009年には、新たなEU指令として、気候変動対策のための2020年までの温室効果ガスの削減目標値20%(1990年比)と共に、自然エネルギーが最終エネルギー需要に占める割合の目標値も20%と定められた。この最終エネルギー需要には電力だけではなく、熱や輸送燃料も含まれている。そのためEU28か国全ての国がNREAP(National Renewable Energy Action Plans)と呼ばれる国別の自然エネルギー導入計画を提出し、電力、熱、輸送燃料それぞれの分野で2020年までの自然エネルギー導入のロードマップを定めている[1]。地域熱供給でのバイオマス利用が進んでいるスウェーデンでは最終エネルギー消費に占める自然エネルギーの割合が2020年の目標値である49%を2013年の時点ですでに超えている。EU全体では最終エネルギー消費の2020年の目標値である20%に対して2015年の実績値は16.7%となっており、2010年の実績値である12.4%から順調に増えている[2]。熱利用において化石燃料をバイオマスなどの自然エネルギーに転換するために有効な政策として、欧州では北欧を中心に税率の高い炭素税が導入されている国が多い[3]

さらにCOP21に向けて各国から提出された温室効果ガス削減目標(INDC)において、EU全体では2030年の最終エネルギー消費に占める自然エネルギーの導入目標を27%以上としている。熱分野では、このEUの目標達成のためにEU委員会が策定した「熱利用に関するEU戦略」(An EU Strategy on Heating and Cooling)が2016年2月に公表されている[4]。EU全体のエネルギー消費の約半分は熱分野(暖房、給湯、冷房など)であり、EUとして熱分野のエネルギー効率化と持続可能性が重要であり、COP21の目標達成のためだけではなく、エネルギー資源を削減してエネルギー自給率を高め、家庭や事業者のコスト削減にもつながる。現状では75%の一次エネルギー資源は化石燃料(約半分は天然ガス)であり、その削減はエネルギー安全保障につながる(バイオマス11%、その他の自然エネルギー7%、原子力7%)。脱炭素化に向けては自然エネルギーの導入が進む電力分野と熱分野との連携も重要である。建物の脱炭素化に向けては既存の建物の改築において、エネルギー効率化(省エネルギー)と共に、電力および地域熱供給による自然エネルギーの導入が重要となる。熱分野においては、熱源の90%がバイオマスであるため、環境影響や土地利用への影響、食料との競合を避けるためEU委員会ではバイオマスエネルギーの持続可能性に関する政策を提案している[5]

EU(欧州連合)各国では1980年代の石油ショック以降、エネルギー資源の利用効率化のため地域熱供給システムを普及してきた。EUでは気候変動対策として、2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で20%削減すると共に、自然エネルギーの最終消費エネルギーに占める割合を20%とする目標をEU指令として設定している。そのためEU各国では熱需要に対する自然エネルギーの割合の目標を定めており、その実現のために地域熱供給の熱源についても自然エネルギーへの転換を進めてきている。

バイオマス資源を燃料として発電して電力としてのみ利用する場合、その変換の過程で7割程度のエネルギーが失われ、最大でも3割程度のエネルギー効率しか得られないが、熱電併給(CHP: Combined Heat and Power)の熱としても利用することによりエネルギーの利用効率を7割以上に高めることができる。自然エネルギーの導入目標を定めてバイオマスのエネルギーの利用が進んでいる欧州各国でも、EU加盟国のバイオマスエネルギー利用の7割以上が熱利用であり、増加はしているものの電気としての利用は1割強にすぎない[6]

EU各国のバイオマス発電の発電量を比較してみると、最も発電量の大きい英国を除くほとんどの国で熱電併給(CHP)を行っていることがわかる(図2.19)。特に北欧の国々ではデンマークなどバイオマス発電での熱電併給(CHP)を義務化している国もあり、CHPの比率が80%以上の高い割合になっている。エネルギー効率の高い熱利用は持続可能なバイオマスのエネルギー利用を考えた場合に、燃料の調達先、加工や輸送方法と共にとても重要なポイントになる。

熱利用に関するEU戦略においても、CHPは重要なエネルギー源であり、バイオマス発電よりもCO2削減効果が大きいと評価されている。産業分野や地域熱供給サービスで用いることによりコストを削減し、安定した熱と電気の供給が可能である。蓄熱設備と組み合わせることにより、CHPにより発電した電気を抑制する必要がある場合に、抑制せずに蓄熱をすることが可能となる。多くのCHP技術では自然エネルギー(個体バイオマス、バイオガス、地熱など)を利用することができ、水素などの代替燃料や廃棄物による熱を活用することもできる。

図2.19:EU各国のバイオマス発電の年間発電量とCHP比率(2015年)|出所: EurObserv’ERデータ等より作成(日本のデータは、平成27年の木材チップ消費量より推計)

2.6.2 国内のバイオマス熱利用の現状と課題

木質バイオマスの熱利用としては、製紙工場や製材工場等に併設される大型のバイオマスボイラーや温浴施設等に設置される木質チップや木質ペレットを燃料とするバイオマスボイラー、そして家庭等に設置される薪や木質ペレットによるストーブなどさまざまな種類の設備がある。

日本国内では、2000年代に入り、自治体の温浴施設や公共施設を中心に導入が始まり、現在は民間での利用事例も出始めている。2016年現在、日本に導入されている木質バイオマスボイラーは1972基あり、ペレットボイラーが915基と最も多く、木くず(チップ)炊きボイラーは780基となっている[7]

バイオマスボイラーの利用形態としては、チップボイラでは300kW 程度の中型サイズの温水ボイラーが温浴施設や福祉施設等の暖房や給湯、加温に、1,500kWを超える蒸気ボイラーが製材工場等のプロセス蒸気として利用されている。ペレットボイラーでは、同じく300kW 程度の温水ボイラーが暖房、給湯、加温に使われているほか、90kW 程度の小型温風ボイラーが農業用ハウスに導入されている[8]

この中で化石燃料を代替する固形のバイオ燃料として注目されている木質ペレットは、1980年代に石油ショックの影響で一時生産が増加した時期があったが、1990年代に入ると石油価格が下がりペレットの生産も大きく減少した。その後2000年代になって、環境問題や地域資源の見直しなどで再びペレット生産が増加してきており、2016年には年間生産量が12万トンまで増加している。ただし、欧州のペレット工場と比べて1カ所あたりの規模が小さく、全国148カ所のペレット工場の平均的な規模は年間生産量が1,000トン未満となっているのが現状である[9]。これまでも原油価格高騰により木質ペレット価格が灯油と競争できる価格になると、国内ペレット生産規模の増加する傾向があるが、近年の原油価格の低迷により、ボイラー向けのペレット出荷量が減少したため、日本国内でのペレット工場の経営は非常に厳しい状況になっている。

木質バイオマスボイラーは、オイルショック後の1970年代からオーストリアやドイツなど欧州諸国を中心に開発され、普及してきた。その結果、現在の欧州では、90%以上の総合熱効率(燃料の持つ熱量に対して利用可能な熱量の割合)が可能で、煤塵も少なく、自動運転が可能な近代的なボイラーが普及し、再生可能エネルギー熱の供給に大きな役割を果たしている。さらに、特に水分率の高い木質バイオマス燃料に対しては、水分の潜熱を回収する方式のボイラーが開発され、実際に導入されており、その総合熱効率は100%を超える(燃料の発熱量を低位発熱量ベースとした場合)。日本国内では、これらの欧州製の木質バイオマスボイラーを導入している事例もあるが、海外製のボイラーに対する様々な規制や普及台数の少なさから導入費用が高額になる事例が多く、事業性が重要視されない公共施設などへの導入に留まっている。

2.6.3 バイオマス熱利用普及への方策

熱需要の大きい施設にすでに導入されている化石燃料のボイラーの台数と比べると、木質バイオマスボイラーはごくわずかの数しか導入されていない。欧州各国で導入されている環境税(化石燃料が排出する二酸化炭素に対して課税)により、一般的に化石燃料の価格はバイオマス燃料よりも高くなり、バイオマス燃料への転換のインセンティブが働いている。しかし、日本にも環境税はあるものの、その税率は低く、そのため、バイオマス燃料への転換は進んでいない。

日本国内においても、パリ協定の発効を受けて本格的な環境税などの「カーボンプライシング」の検討が環境省の審議会で2017年6月から始まり、2018年3月には取りまとめが行われ、「炭素税」「排出量取引」「直接規制」などの手法が提言されている[10]。これまでの限定的な補助金政策に対して長期的な温室効果ガスの削減につながる気候変動政策として期待されている。

日本の環境税(地球温暖化対策のための税)は2012年から始まったが、最終的な税率(289円/CO2トン)が低いため、利用側での「価格効果」は小さい(0.2%程度)と指摘されている。しかし、省エネルギー対策、再生可能エネルギー普及、化石燃料のクリーン化・効率化などのエネルギー起源CO2排出抑制の諸施策を着実に実施するための補助金等の財源としての一定の効果(年間2600億円程度で、最大2%程度のCO2削減)があると言われている[11] 。また、森林環境税が、全国の中で37都道府県で導入されており、税収の合計は288億円(平成27年度)程度だが、主に水源地などの森林整備(間伐等)の助成金などで使われている[12]

木質バイオマスは固形燃料であり、(燃料であるにも関わらず)水分を含むという特殊な性質を持っている。そのため、水分を含む木質バイオマスを安定的に燃焼させるため、一般的に木質バイオマスボイラーは化石燃料ボイラーと比べて、大型かつ複雑な機構を持ち、高価になる傾向がある。欧州では木質バイオマスボイラーの普及を進めて、大量に普及することにより、規格化や標準化が進み設備費用や運転費用の低減が進んだ。現状ではこのような欧州製の木質バイオマスボイラーが、国内でもある程度導入されているが、法規制の違いや公共施設が主な導入先になっていることからコストの低減はなかなか進んでいない。

運転費用の中で一番大きな割合を占める燃料の調達コストについても、木質チップや木質ペレットの原料となる木材産業から発生する端材の利用やこれまで利用されてこなかった林地残材の収集・運搬コストの低減が進むことで低減が可能である。日本国内ではFIT制度による木質バイオマス発電の導入が進み始めているため、燃料となる木材や林地残材のサプライチェーンが構築されつつある。しかしその構築やコスト低減には時間がかかるとともに、現状ではFIT制度で高い買取価格が保証されている木質バイオマス発電に木質バイオマスが流れる傾向は否めない。

2.6.4 日本国内の地域熱供給の現状と課題

日本の熱供給事業の市場規模は、供給区域の面積で示すとわずか0.01%しかなく、一般ガス事業5.7%と比べても数百分の一である(一般電気事業はほぼ100%)。需要家数や事業規模(年間売上高)においても、一般ガス事業の2900万件(3兆7千億円)に対して、3.6万件(約1500億円)となっており、全国の一般家庭までカバーしているガス事業に対して、熱供給事業は少数の大口需要家に限定されている(需要家当たりの売上高が年間400万円)。2016年度より一般電気事業は一般家庭を含めて全面的に自由化されたが、一般ガス事業(都市ガス事業)についても2017年度から自由化された。一方、熱供給事業についても2016年度から自由化されたが、元々、大口需要家が中心となっているため、その効果は限定的である。

国から許可されている国内の熱供給事業者は77社あり、約140地区で熱供給事業を行っている。これらは2016年度からの自由化までは熱供給事業として許可制で、一定規模以上(加熱能力21GJ/h以上、熱源出力5800kW以上)が対象となっている。これらの熱源のほとんどは都市ガスなどの化石燃料であり、バイオマスを燃料としている熱供給事業はほとんど無く、後述する札幌市の熱供給事業が唯一の事例となっている。しかし、熱供給事業法に基づく事業ではなく比較的小規模な地域熱供給の燃料として木質バイオマスが注目され、幾つかの地域熱供給の事例が出来始めている。

木質バイオマスを熱供給などで利活用するには、地域の自治体や事業者などが主体となって、地域の資源である木質バイオマスを活用した素材生産事業や熱供給事業などを実施することで、木質バイオマスを多段階利用して地域の森林整備を促進することが重要である。地域で脱化石燃料およびCO2削減の価値を生み出し、経済効果をできるだけ農林漁業の振興等のために地域へ還元することや、同じような森林資源を持つ自治体が連携して、木質バイオマスを活用する地域づくりを行う必要性がある。特に森林における林道などの整備、地域熱供給のためには熱導管などのインフラの整備が重要であると考えられる。

2016年9月16日に閣議決定された新たな「バイオマス利活用推進基本計画」は、2009年に施行された「バイオマス活用推進基本法」に基づきおよそ5年毎に変更される基本計画である[13]。新たな基本計画では、地域に存在するバイオマスを活用して、地域が主体となった持続可能な事業を創出し、ここから生み出された経済的価値を農林漁業の振興や地域への利益還元による活性化につなげていくことなどに重点を置いている。基本的な方針として、地域に存在するバイオマスを活用して、地域が主体となった事業を創出し、農林漁業の振興や地域への利益還元による活性化につなげている施策を推進するとしている。そのために講ずべき施策として、バイオマスの高度利用や多段階利用などの地域が主体となった取組みを後押しし、エネルギー効率の高い熱利用の普及拡大、取組みの横展開を促進するとしている。

2.6.5 日本国内の地域熱供給の事例

熱供給事業法に基づく国内の熱供給事業の中で、木質バイオマスを燃料としている唯一の事例と言われているのが、札幌市の(株)北海道熱供給公社が行っている日本国内での最大規模のバイオマス地域熱供給である。札幌駅の南側の市街地を中心とした供給エリアの需要家(主にオフィスや商業施設)に対して、札幌駅の北東に位置する中央エネルギーセンターの木質バイオマスボイラー(出力31MW)から温水として熱供給を行っている。バイオマス燃料の熱量シャアは約50%(2015年度実績)で、年間約3万トンの木質バイオマスとして乾燥チップ(建設廃材が中心)を燃料としている。

山形県最上町では、NEDOの実証試験事業として町内のウェルネスプラザ(病院、福祉センター)が集中する地区において地域冷暖房システムを導入し、実証試験終了後も継続して事業を実施している。事業主体は最上町で、熱源として木質チップボイラー(3基、合計出力2.1MW)を段階的に導入している。バイオマス燃料となる木質チップについては、民間の事業主体として地域の事業者を中心に(株)もがみ木質エネルギーが年間2200トン(2012年実績)を供給している[14]

岩手県紫波町では、駅前の再開発に合わせて駅前地区の地域熱供給を導入している。事業主体は自治体ではなく、民間の紫波グリーンエネルギー(株)が担い、町の林業公社が製造する木質チップ(生チップ)を燃料とする国産の温水ボイラー(出力500kW)を熱源とする地域熱供給エネルギーステーションから、新築した町役場、公共施設が入居するオガールスペースおよび分譲住宅(計画時最大57軒)に温水として熱供給を行っている[15]

(ISEP 松原弘直)


[1] EU委員会 “NREAP(National Renewable Energy Action Plans)”  https://ec.europa.eu/energy/en/topics/renewable-energy/national-action-plans 2015

[2] EurObserv’ER “The statue of renewable energies in Europe, edition 2016, 16th EurObserv’ER Report” http://www.eurobserv-er.org/ 2017

[3] 環境省「諸外国における炭素税の導入状況」(2017年7月) http://www.env.go.jp/policy/tax/misc_jokyo/attach/intro_situation.pdf

[4] EU委員会 “Heating and cooling” https://ec.europa.eu/energy/en/topics/energy-efficiency/heating-and-cooling 2016

[5] EU委員会 “Preparation of a sustainable bioenergy policy for the period after 2020” https://ec.europa.eu/energy/en/consultations/preparation-sustainable-bioenergy-policy-period-after-2020 2016

[6] EU委員会 “State of play on the sustainability of solid and gaseous biomass used for electricity, heat and cooling in the EU” 2014

[7] 林野庁「平成28年木質バイオマスエネルギー利用動向調査」 http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/riyou/171225.html

[8] 木質バイオマス人材育成事業実施報告書」(森のエネルギー研究所)2012年 3 月

[9] 林野庁「特用林産物生産統計調査」 http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/tokuyo_rinsan/

[10] 環境省「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」 https://www.env.go.jp/earth/ondanka/cp/arikata/index.html

[11] 環境省「地球温暖化対策のための税について(FAQ)」

[12][12] 林野庁「平成27年度 森林・林業白書」 2015年

[13] 農水省「新たな「バイオマス活用推進基本計画」の決定について」 2016年9月

[14] 山形県最上町ホームページ「木質バイオマスエネルギー施設」

[15] 紫波グリーンエネルギー(株)ホームページ