【ブリーフィングペーパー】三年目の「暑い夏」を迎え、冷静に本質的な問題に向き合う時
2013年7月8日
三年目の「暑い夏」を迎え、冷静に本質的な問題に向き合う時
~原発ゼロでの電力需給および経済的影響の評価~
認定NPO法人 環境エネルギー政策研究所
【要旨と提言】
- 大飯原発を止めて原発ゼロにしても、全ての電力会社で2013年夏のピーク時に電気は足りる。
- 不安全な原発を動かして節約できる化石燃料コストより、追加安全対策や事故リスクの方がはるかに大きい。
- 拙速に原発再稼働を急がず、冷静に本質的な問題に向き合うことが必要。
- 行き詰まった東京電力問題、行き場のない使用済み核燃料、現実的な廃炉プログラム、電力会社の債務超過への緊急的な対応、中長期的な電力システム改革を一体的に解決してゆく「統合政策」が不可欠。
1. はじめに
2011年3月11日に発生した東北関東大地震とそれに続く巨大津波によって、福島第一原子力発電所において国際原子力事象評価尺度レベル7という深刻な原子力災害が発生した。福島第一原発から放出された大量の放射性物質は、東日本全体の広い地域を中心に様々な損害をもたらしている。十数万人の住民がいまだに避難を強いられている中、メルトダウンした原子炉や使用済み核燃料プールの扱い、汚染水の問題など福島第一原発事故は未だ収束していない。4つの事故調査委員会の報告書がまとめられたが、その検証は未だ途上である。その状況の中、国民の多くが脱原発を望み、前政権における「エネルギー・環境の選択肢」に対する国民的議論のパブリックコメントで脱原発を希望する意見が9割を占める中、政府も昨年9月の「革新的エネルギー・環境戦略」によって脱原発依存の方向性を明確に打ち出したはずであった。しかし、政権交代後の現政権は、多くの国民の脱原発への望みを軽視した原発政策を進めている。
電力需給については、2011年夏には東京電力管内で大口需要家に対する15%の電力使用制限等が発令され、過去最大だった2010年のピーク需要に対して20%近い節電効果が実証され、全国でも平均13%の節電を達成した。一方、昨年2012年5月には、全ての原発が定期点検などのために停止したが、昨年(2012年)夏の電力需給が逼迫するという関西電力からのデータに基づく政府による検討の結果、関西電力大飯原発3、4号機だけが再稼働が認められ、現在に至っている。しかし全国でこの2基の原子炉のみが稼働する状況において、昨年(2012年)夏には電力使用制限の発令はなく、一部の電力会社の管内で節電目標が設定されたが、ひきつづきピーク需要に対して13%の節電を維持し、日本全体で節電や省電力が定着しつつある。その間に3.11前の2010年度には約25%だった全発電量に占める原発比率が、2012年度には2%以下にまで低下している。昨年2012年夏は、結果的には全原発が稼働しなくても関西電力においてもピーク需要の3%の余裕があり、さらに周辺の中部・北陸・中国の各電力には電力の融通余力があった。
このペーパーでは、この2013年夏およびその後の電力需要のピーク時に、日本全国の原発の再稼動がまったくなくても電力の需給について問題がない様に需給対策をすることは十分に可能であることを示す。そして、原発の稼働ゼロでの化石燃料による短期的なコスト増は、抜本的な省エネルギーや本格的な再生可能エネルギー普及で緩和できることや、最終的に国民が負担することになる原発維持コストや巨額の災害リスク対応費用を下回ることなどを提起する。さらに、拙速に進められようとしている原発再稼働を立ち止まり、冷静に向き合うべき「本質的問題」について、その解決に向けた方策を提言する。
2. 原発ゼロに向けた電力需給の実績と予測
東日本大震災後、2011年夏には、企業および家庭の大幅な節電効果があり、特に大口需要家に対して強制的な15%の電力使用制限が行われた東京電力と東北電力管内では、2010年に比べてピーク時の電力需要が20%低下、それ以外の電力会社においても節電が行われ結果、全国で前年比13%削減がみられた(表1)。さらに、表1に示す様に昨年2012年夏は大飯原発3,4号以外の全ての原発が停止したが、ピーク時の電力需給は全国平均で13%削減(2010年比)を維持し、主に火力発電による電力供給により電力需給には問題は発生しなかった。原発ゼロの状況においても2013年夏のピーク時の電力需給を満たすことができる賢い節電対策と火力発電を中心とした電力供給が可能なことは、2011年夏と2012年夏の電力需給の実績からも立証されつつある。
表1: 2011年夏、2012年夏の節電効果(ピーク時の電力需要の低減実績)
※( )内は2010年比
政府の「電力需給に関する検討会合」は「2013年夏季の電力需給対策について」公表した[1]。その中で、2013年夏の電力需給について2012年夏の節電がある程度定着し、かつ関西電力の大飯原発3,4号機だけが稼働すると想定して、沖縄電力を除く9電力で6.2%、中西日本6電力(中部、北陸、関西、中国、四国、九州の各電力)で5.9%、関西電力で3.0%の予備率があると発表した。つまり、政府における検討でも、少なくとも電力需給の面から大飯以外の原発の再稼働は必要ないことが示されている。
政府の検討では大飯原発3,4号機の稼働を想定して試算されているが、新規制基準を厳格に適用して大飯原発をを止めた場合、政府の検討と同様のピーク時の需要を想定した場合でも、中西日本全体では3.4%の予備率、311万kWの予備力をもつ。つまり政府想定のように、2011年、2010年と達成した節電も2013年夏はできないとする想定で、かつ中西日本の最大電力が同じ日の同じ時刻に出るという想定でも、電力会社間で融通をしあえば最低限の予備率を持つことになる。
さらに、2013年夏季において、エネルギー管理の継続・見直しや運用や比較的小規模な省エネ改修等などを、2012年夏季の対策と同様にスマートな方法で実施したり、電力会社がピーク時に節電を促す各種のインセンティブを電気料金などで制度化することにより、ピーク時の電力需要を昨年2012年夏なみにおさえることが可能になる。さらに、供給側の対策としては、従来通り、真夏の発電所の定期点検を秋にシフトしたり、揚水発電の最大限の活用、企業の自家発電の十分な活用などを想定している。これにより、表2の「供給予備力」で示す様に、2013年夏季において、大飯原発を含む全ての原発が停止した状態で、電力需要のピーク時に全国で20%、東日本3社で23%、中西日本6社で16%の電力需給の余裕(予備率)を確保することができると予測している。よって、原発の稼働ゼロの状況でも、昨年夏なみのスマートな節電で、全ての電力会社の管内で2013年夏のピーク時の電力需要を賄うことが可能なはずである。ただし、いわゆる我慢と根性の節電や勤務時間のシフトなどは、実施側の負荷が大きく維持が困難なことからできるだけ避けるべきである。また、工事期間の長い省エネ設備対策については、来年度以降を睨んで着実に実施すべきである。
表2 2013年夏のピーク時の電力需給予測(政府およびISEP推計の比較)
※政府の供給力には関西電力大飯3,4号を含み、ISEPの供給力では除いている。
3. 原発ゼロに向けた経済的影響の評価
原発を停止すると電力会社にとってコストがかかると一部で主張され、その例として火力発電所で使用する化石燃料費が増加することを挙げることが多い。一方、原発を稼働するには新規制基準適合のための追加工事のため巨額の費用がかかり、さらに、原発には福島第一原発の事故対策費用や損害賠償費用(健康被害や除染費用などは含まず、2012年度末までで5兆円規模[2])で示されているように数十兆円規模の巨額の原子力災害リスクもある。ところが「原発を停止するとコストがかかる」という際には、こうした社会的なコストが忘れられている。
2012年度は10電力会社の火力発電による化石燃料購入費は2010年度の約3.1兆円(政府試算では約3.6兆円)から、2012年度には約6.3兆円(政府試算では約7.1兆円)と倍増になった(図1a)。実際の燃料使用量の増加は約37%に留まり、化石燃料(特にLNG)の購入単価の上昇が購入金額増加の要因の約半分を占めている(図1b)。詳細データはこちらを参照。本来的に化石燃料の価格は世界市場や為替相場に左右されるため、抜本的な省エネルギー・エネルギー効率の向上や再生可能エネルギー普及を従前からのエネルギー政策として行うべきところが、原発への依存のため先送りにされてきた経緯がある。さらに、今後とも原発を維持し、再稼働優先で抜本的な省エネルギーや再生可能エネルギー普及を先送りすれば、この3兆円のコスト負担が化石燃料の調達単価の高騰や円安でさらに膨らむ恐れがある。
図1: 電力会社10社の発電用燃料購入金額の推移と増加分の理由
(出所:財務省貿易統計、電事連の電力統計情報などからISEP作成)
それに対して、省エネルギー、再生可能エネルギー普及を本格的にエネルギー政策の中心として進めれば、火力発電の発電量の減少で化石燃料費の大幅な削減となり、温暖化対策・エネルギー安全保障と共に、コスト削減を両立させることができる。原発は運転維持費・政策経費、事故リスク対応で、コスト等検証委員会の試算を準用しても停止したままで年間約2兆円のコストがかかる。さらに新規制基準に伴い数兆円の追加コストが必要になる可能性があるが、脱原発をエネルギー政策として決定し、原発を廃炉にすることにより、これらの維持費用や追加コストが不要となっていくはずである。
4. 原発再稼働を立ち止まり、冷静に向き合うべき「本質的問題」
(1) 新安全基準の直接的な問題
2013年7月8日に施行された新原子力規制基準は、きわめて不十分であるばかりか、根本的な欠陥を含んでいる。具体的には;
- ① そもそも事故原因が十分に検証なされていないこと
- ② 事故後の国や電力会社の緊急時対応や防災対策の機能不全が改善されていないこと
- ③ ほとんどの立地・周辺自治体において原子力防災計画・防災体制が不十分な状況であること[3]
- ④ 多くの国民等からの意見は反映されず、合意形成プロセスが不十分であること
- ⑤ 事故後の原子力損害賠償の規模と責任の所在が見直されていないこと
- ⑥ 使用済み核燃料の暫定貯蔵も最終処分場所も見通しが立たないこと
など、国民の安全の面からも多くの問題点があることが明確になっている。しかも、現在、稼働している関西電力大飯原発3,4号については、少なくともいったん停止して規制適合の有無を確認すべきだが、とりあえず可能な暫定的な措置だけで稼働継続が認められたことは、政治や経営から独立すべき原子力規制委員会の独立性を損なう判断と言わざるを得ない。本来の意味での「世界最高水準」の新規制基準を目指すのであれば、新審査指針の策定や十分な検査体制を構築するだけも、現時点からさらに三年以上の期間が必要との試算がある[4]。
安倍自民党政権が「安全な原発は再稼働」するという方針のもとで、再稼働に向けて圧力をかけている背景は、電力会社の経営破綻を避けるためであることは明らかだが、これは福島原発事故の教訓に学ばない愚かな所業であり、国民の安全より既得権益を守る守旧であり、そしていまだに原発ゼロを望む民意を裏切る反民主主義の姿勢と断じざるを得ない。
(2) 再稼動前に定めるべき重要な問題
原子力損害賠償法の見直し
福島第一原発の原子力災害による損害額はさらに増え続けており、政府から原子力損害賠償支援機構を通じて3兆円を超える損額賠償費用の交付が行われ、今後も増え続ける見込みであり、その総額は除染費用などを含めると数十兆円に達するものと考えられる。原子力損害賠償法(原賠法)では、事業者(東京電力)が無限責任を集中的に負うことになっているが、なし崩し的にその費用の大部分を国民が税金と電気料金を通じて負担の肩代わりをさせられている一方で、東京電力の株主・巨額融資をしたメガバンク・原発製造メーカ・そして国の官僚や政治家などはまったく責任を負っていないという、不条理な倒錯がまかり通っている。原子力災害の損害補償額は未だに1200億円が上限となっているが、福島第一原発を踏まえて、原賠法の見直しは不可欠である[5]。
使用済み核燃料の総量規制と暫定保管
さらに最大の難問である使用済み核燃料は、無意味かつ非現実的な国策である「核燃料サイクル」に固執したまま、破綻した高速増殖炉や再処理工場をそのまま目をつむって推進する愚行が強行されている。原発サイトでの水プールの保管容量は数年で満杯に達する状況であるため、仮に原発再稼動を強行しても遅かれ早かれ行き詰まりが見えている。しかも福島第一原発四号機の使用済み核燃料プールに象徴されるとおり、この水プール保管は原子炉そのものと同等の危険性を伴うため、乾式貯蔵への移行が求められる。何よりも、高レベル廃棄物(高レベルガラス固化体であれ使用済み核燃料の直接処分であれ)最終処分方法の破綻により、その行先は未だに決まっていない。 こうした使用済み核燃料に関する問題群を考えるならば、ただちに核燃料サイクルを廃止し、使用済み核燃料の総量規制と、乾式貯蔵による数百年単位での暫定保管場所の国民的合意に向けて、熟議を尽くすべきである。
行き詰まった東京電力問題
国からの三兆円を越える交付国債によってかろうじて支えられている事実上の「ゾンビ」(債務破綻会社)である東京電力という一つの会社が、事故処理と損害賠償と電力供給という、相矛盾する3役を担うことから、東京電力も構造的に八方ふさがりになりつつある。 福島第一原発事故は、収束どころか果てしない事故処理に追われている。東京電力の人・資金・能力の範囲内での限られた対応であることから、40年どころか100年は要するのではないか。いまだにメルトダウンした燃料の位置や状況すら判らず、すでに汚染水は原子炉本体から地下水を通して海に膨大に漏れ出つつある疑いが濃く、これに対してはまったく手が打たれようとしてない。損害賠償も、基本的には東京電力の資金や能力という制約から、住民の生活再建も十分に進んでいない。事故処理と損害賠償に追われる東京電力が、国の資金(これも最後は国民負担)に支えられて、上場の形を維持したまま、電力供給も担うという矛盾した構図が維持されている。 ここは、東京電力をいったん法的整理して、株主責任と一定程度の貸し手責任を問うた上で、「ワースト東電」(国の直轄による事故処理主体)・「バッド東電」(既存の東電の法的整理法人で、損害賠償主体)・「グッド東電」(新生の電力供給主体)に3分割すべきときだろう。 その上で、事故処理や損害賠償は、追加的な国民負担を求める前に、既存の原子力予算や電気料金に付加されている原子力関連負担(三法交付金や再処理等積立金など)を抜本的に見直して、その費用に充当すべきだろう。 「グッド東電」については、既存の東京電力の電力需給の資産を買い取り、ただちに発送電分離した上で、発電・供給部門は民間に売却し、送配電部門は来たるべき全国レベルの発送電分離の時期まで国有で保持しておくことが妥当だろう。
現実的な廃炉プログラムと電力会社の債務超過への緊急的な対応
その他、本来の「世界最高水準の規制基準」を適用すると、多くの原発は直ちに廃炉に追いやられるため、現実に適用しうる廃炉プログラムを策定するとともに、廃炉によって債務超過に陥る電力会社に対して、緊急的な対応を定めておくことが求められる。 たとえば日本原子力発電(株)を国有へと引き取って、廃炉専門会社とした上で、廃炉原発は廃炉引当金(不足分はそのまま)とともに引き取るとともに、債務超過に陥る電力会社に対して、短期的には国の保証で融資、もしくは送配電部門の引き取り・一時国有化などを行うなどの措置で、短期的な混乱を避けつつ、中長期的な電力システム改革へと繋げてゆく。
中長期的な原発ゼロの持続可能な電力システムを目指して
あれだけの事故を引き起こしながら、自民党も国(原子力官僚・エネルギー官僚)も電力会社も、何も学ぼうとせずに、しかも誰も責任を取らないまま、311前の既得権益の時代に引き戻そうとしているように見える。 今こそ、原発の再稼働を凍結し、国民との社会的合意プロセスを経ながら、巨大な原子力災害リスクと国民の生命を第一に考えた原発政策への根本的な見直しをする時である。さらに、政府は国民と共に、総合的なエネルギー効率向上と抜本的な電力システム改革を進め、原発にも化石燃料にも依存しないエネルギーシステムへの転換を長期的な視点で着実に進めるべきことを提言する。
以上